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就職難の時代、文系大学は無駄?~専門学校と比較~

文系大学は出るだけ無駄な気がする。こんなエントリーがあった。「自分も文系大学だけど文系大学に行くくらいなら、Fランクの理系大学、専門学校に通って手に職をつけたほうがよかったのではないかと思う」との内容。

http://www.anizm.xyz/entry/2016/05/08/142655

文系大学は出るだけ無駄なのか

文系大学は出るだけ無駄なのか。網羅的に考えると1万字くらいになりそうなので、とりあえず、文系の大学と専門学校を比較してみる。

文系大学と言っても、関東ならMARCH・国立を分水嶺に、就職状況は大きく変わってくるのでさすがにひとくくりにはできない。専門学校も、就職率100%の看護・医療、保育・幼児教育などの分野から、ギャンブル的要素がある声優、まんが家養成などの分野まであるから、ひとくくりにはできない。ただ1つ言えることは、専門学校と大学で学ぶ内容は、具体と抽象に色分けすることができる。

例えば、学校給食センターや病院で活躍する管理栄養士の資格は、専門学校でも大学でも取得できる。専門学校では、栄養の知識や献立作り、調理技術だけでなく、「現実に調理場を回すことができる献立作り」まで学ぶ。どの調理場にも、回転釜、コンビオーブンなど大型の調理器具が多数あり、多数の調理人の動線が関連してくる。知識だけの栄養士が献立を作ると、各所で器材待ちの大渋滞や交通事故が起き、大人数の献立を時間内に提供できない。だから一部の専門学校では、調理場の器具や動線を踏まえた献立を作る技術を教えている(具体性が高い)。

一方、栄養系の大学は、一応文系に所属するが、乳酸菌の研究なんかもやっていたりする(抽象度が高い)。この知識は、就職先ですぐに使う可能性は、少ない。しかし、長い職業人生を考えると、献立を立て調理場を回すことに特化した、具体的な技術が役立つか、あるいは乳酸菌の実験で得た、高度な知識や抽象的な思考法が生きてくるかは、人による。

現在、教育現場では、Fランク大学の文系よりは、就職率の高い専門学校へ生徒を送ろうという動きが水面下で萌芽していることを感じる。しかし、具体的な知識と抽象的な研究のどちらが役立つかは人によるから、ワンパターンに論ずることはできない。

例えば、1つのラーメン店に腰を据え、人を唸らせる具体的な1杯を創造するのが得意な人間もいる。一方で、成功するラーメン店に共通する抽象的な法則をつかみ、数値と掛け合わせコンサルティングし、古いラーメン店を救うのが得意な人もいる。

勝ち負けが主要な価値観である資本主義だから、つい文系か理系か、あるいは文系か専門学校かという二者択一で論じてしまう。しかしながら、専門学校と大学の本質は、具体と抽象の差にあり、根本にどちらがその人に合うのかという観点がある。簡単に言えば、広く社会や文化に対する興味がある人間は、抽象的思考だから大学向けであり、1輪の花や、ひとりの人間に興味があるなら、専門学校向けである。優れた作曲家と名ギタリスト。どちらに適性があるかで進路を選ぶしかない。

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