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じゃーな!

「別な人」が作る社会に引導を渡す

自分が詳しいことで他人がミスると鬼の首を取ったように

増田風

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インターネット上で何かをコメントするとき、面と向かってそれを言えるかどうかを基準に書き込むという人がいる。面と向かって言えないことを書けるのが、ネットの強みだということを否定するつもりはないが、ひとつの基準としてはあって良いだろう。しかしそのように思慮深い人でも、こと自分が詳しい分野に関して他人が誤った書き込みをした際には、豹変することがある。鬼の首を取ったかのように、容赦ない制裁を加える。確かに間違えやすいとこなんだけどさ、的な一呼吸を欠く物言いは、少々大人気ない。

これはどのような心理なのだろうか?詳しい専門分野はその人が時間をかけて(大げさに言えば命を削って)研究してきた分野である。看過できないと義憤を感じ、あるいは自己承認欲が顔を出すのかもしれない。義憤や承認欲は悪いことではない。義憤は世直しになるかもしれないし、承認欲は人が高みを目指す動力となる。しかし、義憤や承認欲に突き動かされて、1ミリの可動域もない冷たい鉄筋のような言語を世界に打ち込むのはどうであろうか?刺々(とげとげ)しい言葉は人心をざわめかせるだけであり、いらぬ。偉そうな言葉でなく謙虚な言葉にこそ波及効果があるのではないか。

 自分が詳しい分野は、自分が圧倒的に優位に立ち回ることができる領域である。虎がたやくす獲物を捕捉できる縄張りである。そこに弱い者が舞い込んできたときに、興奮せずすっと一呼吸置く余裕を持つことが、人間が虎とは違う証左である。爺の余裕のようなものが欲しい。ドラマの中の水戸光圀のような円熟した老爺(ろうや)が、ゆったりと身を構え丁寧にものを教示することができるのは、端的に言えば自己承認がしっかりできているからだ。喧嘩っ早い人間は日頃より自己承認が不十分だから、いつでも簡単に攻撃できる獲物の血の匂いを求めている。自己承認が弱い人間ほど、何度も何度も勝ちたがる。20代までならそれがむしろ良いが、30代では未熟なイメージを持たれ、40を過ぎたらオワニンだ(終わった人間だ)。こういう人間ウザい。あーウザい、ホントにウザい。あーたの周りにもいませんか?

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追記 書き終わって気づいたが、ニーチェの三態のパクリみたいになっとる。哲学者はすごい。