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じゃーな!

「別な人」が作る社会に引導を渡す

人の悪口言う前に自分の生活のこと考えたほうがいいと思います

増田風

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新着記事 
都市伝説? プレミアムフライデー導入企業って本当にあるの?

http://www.yonosuke00.com/entry/2016/05/19/070000

「芸能人のニュースのなにが楽しいの?自分の人生に集中しろよ」と題された木村世之介 (id:journeykk)さんのエントリーを読んだ。「いつまでベッキーと川谷のニュースやってんの?」「あなたには関係ないでしょ」「どんだけヒマ人だよ」という趣旨で、ひとつひとつ同感。1月上旬に端を発したこの話題は、普通に考えれば数週間が寿命。貴重な時間を不健康に浪費し過ぎである。

個人的に興味深かったのは元記事が引用した「下衆の極みの川谷クズすぎやろ」とのEEEさんのツイート。彼は大学1年生で、サークルに入らなかったため友達ができるか心配しながら自動車教習所に通っているようだ。そのツイートの流れが興味深い。

・都市伝説だろwてか大学生になってまだいじめとかやる奴って脳みそが中学生レベルで止まってそう

・何このおっさんキモっクソかよ

・かわいいなあ

・なんで電車の冷房ってこんな強いの

・なげえなあ講義

・授業中に寝て起きた後も朝勃ちする

・絶対これ俺が作らされるパターンでしょ

アンチいじめを唱えながらおっさんを排除しているなど矛盾もあるが、恐らくツイッターが当初想定していた使い方。素直なツイートに矛盾があるのはむしろ当然で、「商品紹介→リンク」のようなツイートに汚染される前のあるべき使い方だと感じる(このように使っているユーザも多いが、ここまで徹底したユーザーは少ない)。人が芸能人に最も強い興味をもつのは中学生の年代だとテレビ番組制作関連の書籍にあった。高校生や大学生もまだまだ興味は強いだろう(何か自分に欠落を感じて、それを両親以外に求めていく心理のような気がする)。社会人になって熱が冷める人も多いが、そうでない人は芸能人を「近所の人」と同等に扱っているのだと思う。特に都会人は近所の人のプライベートがわからないので、ああだこうだ言う対象はどうしてもブラウン管の中(←死語)の人になってしまう。町で芸能人に会うと知り合いにあったかのような反応をすることからも分かる。その心理をうまく活用するのが芸能人で、イケハヤさんを例に出すまでもなく、ある程度悪口を流通させ風評を喚起しつつ悪口を5割未満に押さえ込んでファンを拡大していくのが常套手段だ。

それが上手だったのはセカオワ(SEKAI NO OWARI)のボーカル深瀬慧。独自のファンタジックな「中2病的」世界観と歌唱力がやや低いことから非常に叩かれてきたが、あえて反論せず放置することで関心を拡大してきた(2014年頃)。紅白での歌い方について「ドラゲナイ」と揶揄され、ネットで1語化した形容詞のように独り歩きし流行語になった。本業の歌唱について揶揄を受けるのは気持ちの良いものではないが、深瀬慧はこれに激昂することもなく、自身のツイッターで「アルバムが発売から2週間で32万枚を突破したとスタッフに言われた!!嬉しい!ドラゲナイ!!(使い方がわからない)」と使ってみせた。このツイートで完全に潮目が変わった。アンチは、深瀬慧の心の広さのようなものに根負けし敬服もし、悪口は下火になりブーストされたファンだけが残った。深瀬慧の友人でもあるゲス川谷はベッキーとの騒動について「人の悪口言う前に自分の生活のこと考えたほうがいいと思います」とマジレスしてしまったが、この辺りがセカオワとの差になっている。脱線してしまったが、人様のツイッターを読み込んでみたり人様のブログを読み込んでみたりと同一の線上に、芸能人に対してああだこうだ言う姿があるのだと思う。はてなブログには上品な話題が多く、あまりお下品に見えない点が良いのかもしれない。その形態はいろいろだが、とりあえず人が人に興味を持っている点に救いがある。21世紀には人の関心は「アイボ」のようなものに流れ込むと山崎正和は予言していたが、まだまだ人間は健康的だ。

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