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じゃーな!

「別な人」が作る社会に引導を渡す

USJに淡嶋神社の供養の人形! 賛否両論で炎上

増田風

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USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)は、2016年の9月、「祟(TATARI)~生き人形の呪い~」と題されたお化け屋敷に、淡嶋神社に供養のために奉納された人形を置き、大きな問題になりました。

USJに淡嶋神社の供養の人形! おもな反対意見

USJが、淡嶋神社に供養に出された人形をアトラクションに設置したことに対する、おもな反対意見は以下の通りです。

  • 人形を供養に出した人の気持に背く扱いである。

  • 人形を供養に出した人の許可を得ていない。
  • USJは、日本の人形に関する文化を理解していない。「さすがに本物の人形はダメでしょ」「法的にセーフでも社会常識としてアウトだろ」

  • 淡嶋神社が、USJの申し出に安易に協力したのは、誤り。
  • 様々な願いを込めて作り、所持された人形を、呪いと意味づけるのはおかしい。

USJに淡嶋神社の供養の人形! 神社側の意見

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出典:和歌山の「淡嶋神社」がUSJにやってくるらしい 

淡嶋神社は、人形のUSJのアトラクションへの設置に関して「人形は、多くの人に見ていただくことが供養になる」と説明しています。通常、供養に出された人形は、神社の一角にしまい込まれ、時が経てば供養として焼却されると思われます。

しかし淡嶋神社は、人形をしまい込むことなく、参拝客に見せていることが特徴です。人形にとって、暗い場所にしまい込まれ、いつか焼かれる処遇と、参拝客と対面でき、ときに不思議なアルバイトに出る境遇のどちらがよいのでしょうか?

淡嶋神社の人形の意見を聞いてみた

淡嶋神社に供養のために奉納され、その後USJのアトラクションにも出演した人形の方の意見を聞いてみましょう。

 

久しぶりに、意識が戻った。ここは、集中治療室のようだ。老化と病の進行で、体の節々が悲鳴を上げていたが、ようやく終わりが来たようだ。いまは、とても心地よい気分だ。迎えが来たのだ。ひとりの女性として、良き伴侶と家族を授かることができた。晩年は、予期せぬ大病を患ったが、素晴らしい医療スタッフに恵まれ、何とか平均寿命近くまで生きることができた。欲を言えばきりがない。もう十分だ。

ふと、体が軽くなり浮き上がったような気がした。私は私の亡骸を振り返りながら、満点の星がきらめく冬の夜空を飛び、樹海のような深い深い森に導かれた。寒さを感じないのが不思議だ。森では、すぐに行くべきところへ行くのか、もう少し現世に留まりたいのかを尋ねられた。私は、もう少しこの世の成り行きを見ていたいと答えた。我が息子と娘はいまどうしているだろうか?報道されていた、選挙の結果だって気になる。

割り当てられたのは、古いマンションに住む、3人家族の持つ日本人形だった。三十路が近い娘さんが、子どもの頃から大切になさっている人形だ。娘さんの部屋の片隅のガラスケースに据えられている。しかし、娘さんも人形に構う年代ではなく、決まって日曜日の午前中に、埃を払ってもらうぐらいで、退屈な日々を過ごした。程なく娘さんは嫁入りでマンションを出たが、引越し先が狭いようで、連れて行ってはもらえなかった。日曜日の埃払いの儀式も、なくなってしまった。こちらに居ると、時の経つのが恐ろしく早い。娘さんの父親が亡くなり、マンションを売り払うことになったようで、私はZ神社に奉納された。

Z神社には多くの人形仲間がいたが、真っ暗な納屋の棚に、年中座らされているのは、どうも退屈だ。参拝客を怖がらせてはいけないと、人目につかない奥に押しやられているのだ。

Z神社が50年に1度の改装を迎えることとなり、私たちは方方(ほうぼう)の神社に越すことになった。私は、和歌山の淡嶋神社だ。淡嶋神社の神主は変わりもので、私は日の当たる賽銭箱の脇に居場所を設けられた。怖いもの見たさで、多くの大人や子どもたちが近づいてくる。大人は少し遠巻きだが、子どもは好奇心旺盛で、私の髪の毛や着物に触ろうとする。かわいいものだ。どんな意図であれ、多くの方に見ていただくことは人形にとって供養になる。これが神主の考え方のようだ。キャーキャー騒がれるのはちょっと心外だが、暗い納屋の奥でホコリを被っているよりはよいだろう。何かの売り文句がなければ、忙しい現世の人間に振り向いてはもらえないだろう。

ある日、神主に声をかけられた。明日からは、USJでお化け屋敷の仕事や。好奇の目で見られるさかい、ちょっと気の毒やけど、行ってみたら良いよ。 死んで人形の身になれば、どこかへ旅行する機会など100%ない。お化け屋敷の仕事とはさすがにゾッとしないが、よく考えれば、私自身お化けなのだから、無理筋でもないだろう。USJへの移動は景色の見えないトラックの荷台であり、ろくな旅ではなかったが、USJでは丁重な扱いを受けた。淡嶋神社よりゆとりがあるくらいだ。

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出典:和歌山の「淡嶋神社」がUSJにやってくるらしい 

初日から多くの若者や子どもが遊びにやってきた。大人たちは、見世物にされて気の毒にとささやいていたが、若者は、単純な好奇心でどれがかわいいだとか、どれが怖いだとか、はしゃぎまわっている。久方の騒々しさに接して私は、幼いころに母親とよく通った、公園の広場の喧騒を思い出した。走り回り、全く無駄な甲高い大声を出す若者たち。私にもあのような時代があった。そろそろ人形の姿での現世観察は終わりにし、両親にでも会いに行こうか。

USJに淡嶋神社の供養の人形! 神社側の意見に賛成

神社に供養のためにおさめられた日本人形を借り受け、お化け屋敷をつくったユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)が、日本人形協会から猛抗議を受け、ネットでも炎上している。

「このアトラクションでは淡嶋神社に監修いただいて神社で提供されたお人形をお貸しいただいております。展示してより多くの方に見ていただくことはお人形にとってさらに供養になると考えております」(USJ)

出典:ダイヤモンド・オンライン

USJや淡嶋神社の考え方は、かなり特殊であり、当初は非常に違和感を持ちました。「さすがに本物の人形はダメでしょ」「法的にセーフでも社会常識としてアウトだろ」 ごく普通に考えれば、このような意見となるでしょう。

しかし、常識に囚われUSJや淡嶋神社に抗議文を送る前に、果たして人形はどう思っているのだろうかと、思いを馳せてみることも必要だと思いました。良かれ悪しかれ本質を突こうとした考え方は、当初私達の眼前に、すぐに排除したいようなひどく違和感を醸す形で表れてきます。典型的な事例が、地動説。

単なる中古人形の展示会では、集まるのは閑古鳥のみです。あえて、下世話な要素を加味することで、人を集めることができるとの発想でしょう。初めから思考停止して全否定する前に、一度思考テストしてみる習慣が根づくと良いと思いました。

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